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Happy Life

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

2017/08/11 Fri

8月9日は午後からのお仕事だったので式典に参列
朝降った豪雨のおかげで今年は少し暑さが和らいでおりました。
IMG_20170809_102925.jpg
今年も会場は遺族はじめ沢山の人々が参列していました。
なぜか
式典会場に入ると、毎回こみ上げるモノがあり奥歯をぐっとかみしめ
こらえなくてはなりません。
IMG_20170809_102752.jpg  
市長・知事・国会議員・総理大臣とズラッと並ぶなか始まった式典。
飛び立つ鳩達にすら泣ける。
市長による平和宣言・・・お国には届くのでしょうか・・・。

以前、雑談中で
「長崎は原爆、原爆ってもういい加減いいんじゃないか
なんか陰気臭い・・・観光地なのだからもっと明るい事で地域おこし
すればいいと思う・・・」との話になったことがあり。

確かにそうだなと思う所もありながらも「陰気臭い」という言葉が
心に残ってた。県外の人はそう思ってるのだろうかと・・・。

式典中もこの言葉がグルグル回っていた。私はその言葉に意外と深く
反応し、傷ったのかもしれません
あの時グッと感じたのであれば
どうしてその言葉に、きちんと原爆のことを説明できなかったのか
と、言った人がどうとかという事ではなく
自分の不甲斐なさにムッとして後悔しているだけなのだけれど・・・。
IMG_20170809_115054.jpg
原爆に対する知識って被爆地以外の人はほぼそうなんだろうと思いますしね
でも今回の参列で私は
「陰気臭かろうが、昔のことにとらわれ過ぎてると言われようが、
 これが被爆地の役目じゃ!!これが被爆地に住むもんの役目じゃ!!」
という事にしたのであります!
IMG_20170809_114847.jpg
「平和への誓い」はこれまで被爆者団体から選出されていましたが
今年40年ぶりに公募での選出となったそうです。
今年の宣言は被爆者深堀好敏さんでした。
原爆写真を収集し活動されていた方ですね。少し前
この収集写真の「黒焦げの少年」の身元が
判明したというニュースが流れましたね

宣言台までの長い通路を、支えられながら来られたその姿に
私の周りでも目頭をおさえながらスッと背筋を伸ばし始めました。
その後ろ姿に皆、無意識に敬意を払い・・・。
会場も一体になり平和宣言に向かった感じでした・・・。。


https://youtu.be/NjnrzJkZ_oU

宣言が読み終わると、長い間鳴りやまない拍手でした。
そのくらい心に刺さる素晴らしい宣言文でした。

88歳の年齢という事からも、命あるうちに
被爆者として人生をかけて訴えた言葉であったと感じました。

日本人もアメリカ人も原爆にかかわった人々の
人生の終盤が見えてきたいま、あの時の事を語り始めています
封印していたものの
抱えて人生を終えるには
重過ぎる現実と真実なのでしょう・・・。

この写真もそうですね

報道写真家 ジョー・オダネル撮影 「焼き場に立つ少年」 (1945年長崎の爆心地にて) 

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。
すると、白いマスクをかけた男達が目に入りました。
男達は、60センチ程の深さにえぐった穴のそばで、作業をしていました。
荷車に山積みにした死体を、石灰の燃える穴の中に、次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が、歩いてくるのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は、当時の日本でよく目にする光景でした。
しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという、強い意志が感じられました。
しかも裸足です。
少年は、焼き場のふちまで来ると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。
背中の赤ん坊は、ぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分、立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。
この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に、初めて気付いたのです。
男達は、幼子の手と足を持つと、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶ける、ジューという音がしました。
それから、まばゆい程の炎が、さっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を、赤く照らしました。
その時です。
炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血がにじんでいるのに気が付いたのは。
少年が、あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に、赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま、焼き場を去っていきました。

(インタビュー・上田勢子)[朝日新聞創刊120周年記念写真展より抜粋]

NHKドキュメンタリー
http://www.dailymotion.com/video/xzghxa#.UYKKBxyILXp
この写真の真実を知ってもまだ、
戦争や核武装は仕方がないと思うのでしょうか・・・。
IMG_20170809_112721.jpg
政治家やお国の方々が読み上げる慰霊と平和への言葉
通じるモノを何も感じなかったなぁ~。

いい経験になりました。

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ライフスタイル&フードクリエイター 「YUMIKO]

Author:ライフスタイル&フードクリエイター 「YUMIKO]
長崎で活動中の食空間プロデューサー「YUMIKO」の気ままな日常や、空間コーディネートサロン&おもてなしクッキングサロンなどの様子を気ままにUPします

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